大判例

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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10974号 判決

原告 株式会社大判屋

右代表者代表取締役 松本浩三

右訴訟代理人弁護士 高山俊吉

同 中村仁

同 鳥生忠佑

同 梓沢和幸

被告 大竹弥市

主文

一  被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分しその一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は主文第一項につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する昭和四八年一月一九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四七年四月七日、被告との間に別紙物件目録記載の相隣接する二筆の土地(以下右二筆の土地を一括して「本件土地」という。)を被告から代金九五〇万円で買受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したが、その際に、原告と被告は次の約旨の合意をし、同時に、原告は被告に対し、その約旨に従い、手付金二〇〇万円を支払った。

(一) 原告は被告に対し、本件売買契約締結と同時に、手付金二〇〇万円を支払う。

(二) 本件土地に隠れた瑕疵があるために本件売買契約の目的を達することができない場合において、原告が民法五七〇条により右契約を解除したときは、被告は直ちに右手付金の倍額四〇〇万円を原告に償還する。

2  被告は、本件売買契約締結に先立って、

(一) 訴外関根耐を介して、原告に対し、本件土地が県道及び村道にともに直接に接している旨を告げ、

(二) 右関根をして、当時の原告会社代表者保坂義信を本件土地に案内させた。

3  右関根は、右保坂を本件土地に案内する際に、同人を別紙図面に赤線で示す通路(以下「本件通路」という。)をとおって案内し、その通路を指示して、これが村道である旨を告げた。

4  原告は、右関根の右の言を信用して、本件通路が村道であることを前提にして、本件土地を宅地にする計画を立てたうえで、本件売買契約を締結した。

5  ところが、その二、三日後に原告が訴外小田義春を現地に派遣して公図を閲覧する等の方法で調査させたところ、本件通路は村道ではなく本件土地に隣接する訴外山本寅一所有地の上に存する通路であることが判明した。

尚、契約当時説明されなかった公道への連絡通路が、別紙図面に青線で示す位置に存在することが本訴係属後に判明したが、右通路は契約当時予定した本件土地の使用を可能にするに適するものではなかった。

6  本件土地はその一部が県道に接しているけれどもその部分は高さ一〇数メートルの断崖絶壁を成しているためその部分から本件土地に出入りすることができないから、本件通路が村道でないと、原告は本件売買契約の目的を達することができない。

7  そこで、原告は被告に対し、同月一一日、民法五七〇条の解除権の行使として、本件売買契約を解除する意思表示をした(同日到達)。

8  よって、原告は被告に対し、右手付金の倍額四〇〇万円とこれに対する弁済期の後である昭和四八年一月一九日(訴状送達の翌日)から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、同1(二)は争う、その余は認める。

2  同2(一)の事実は否認し、同2(二)の事実は認める。

3  同3及び4の事実は否認する。

4  同5の事実中、原告主張の通路が存在することは認め、その余は不知。右通路は幅員一・五メートルの村道である。

5  同6の事実中、本件土地の一部が県道に接しその部分が断崖をなしていることは認め、その余は争う。県道に面している部分は七七メートルにわたっており、全部が断崖をなしているわけではない。

6  同7の事実中、原告主張のころ本件売買契約を解除する旨の意思表示があったことは認めるが、右意思表示が民法五七〇条の解除権の行使としてなされたことは否認する。

三  被告の主張

1  原告は、被告に対し手付金を放棄して本件契約を解除する旨の意思表示をなしたので、被告は、原告が手付金を放棄することを条件として昭和四七年六月一三日付内容証明郵便でこれを承諾し、手付金二〇〇万円を没収した。

2  本件土地は山林の売買であって、公道への通路の確保は契約内容になっていないが、別紙目録一記載の土地は県道に面し、同二記載の土地は別紙図面に青線で示す位置に幅員一・五メートルの村道が接しているから、公道への通路はある。しかも本件土地は坪当り一四一三円の廉価で売買されたものであるから、原告の負担で投資、採石、開発すべきである。

四  被告主張に対する認否

すべて争う。

第三証拠《省略》

理由

一  原告と被告との間に、昭和四七年四月七日本件売買契約が締結されたこと、その際に原告が被告に対し手付金二〇〇万円を支払う旨の合意も成立し、その約旨に従い原告が被告に対し右手付金二〇〇万円を支払ったこと、本件売買契約締結に先立って被告が訴外関根耐をして当時の原告会社代表者保坂義信を本件土地に案内させたこと、本件土地の一部が県道に接しその部分が断崖を成していること、原告が被告に対し本件売買契約を解除する意思表示をしたこと(同月一一日ころ被告に到達)については、いずれも当事者間に争がない。

二  原告は、本件土地については隠れた瑕疵があって契約の目的を達成することができない旨主張するのでこの点につき判断する。

《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

原告は従業員の福利厚生施設として保養所(バンガロー)を建築するための用地を求め、自動車も入り得る道路つきの適当な用地の物色を小田義春に依頼したこと、被告はその秘蔵する写真家下岡蓮杖の作品を展示する記念館の建設資金捻出のため不動産業者である関根耐に本件土地の売却を委任し、同人を代理人としたこと、小田は関根を通じて被告が本件土地を売却する意向であることを知り、その際関根から、被告作成に係る本件土地が県道及び村道に直接に接している旨の図面(以下本件案内図面という)をもって本件土地が公道に接している旨指示されたこと、小田及び原告代表者保坂義信(以下或は保坂社長という)が本件売買契約締結前、被告代理人関根の案内を受けて下検分した際(昭和四七年三月の末頃か四月の初頃)、関根は(本件土地は)「ここから入るのです。」といって別紙図面に赤線で示す山裾を走る幅員約一・五メートルの人の通行しうる通路(本件通路)を通って案内したこと(検証時には、入口に小屋が立ち、事実上通路の用を果さなくなり荒廃していた)、関根は保坂社長に対し本件通路が先に本件案内図面で示した村道にあたる旨明言し、「現況では農家がリヤカーを引いて通行しているが整理すれば自動車一台位通行できる」旨説明を加えたこと、(関根自身、その当時、被告の教示及び再度にわたる公図の閲覧の結果にもかかわらず、本件通路が先に本件案内図面で示した村道に該当すると誤信していた)、被告は原告から現地案内を乞われた際、果して原告が買受けるかどうか判らないのにわざわざ案内はできないといって自分で出向くことを断り、代りに関根に現地の指示説明を委ね、同人を差し向けたものであること、保坂社長は被告の代理人で、しかも宅地建物取引主任者たる関根の説明をそのまま信用し、先に示された本件案内図面と現地の状況、就中関根の指示説明する本件土地の道路付きの状況につき、関根の説明どおりに信じてそれに満足し、それ以上の調査はしないで、本件土地には関根の説明したような村道である本件通路(整理すれば自動車も入り得る。以下同じ)が存するものと信じ、その存在を前提とし、本件土地に前記バンガローを建築する目的で本件売買契約を締結したこと、原告の右目的は、すでに、関根を介して被告にも通じていたこと、本件売買契約成立後、関根が交付を約した公図写を原告方に持参しないので、原告の指示により小田が現地の登記所へ公図写等をとりに行った際、たまたま現地の測量士から本件土地には道がついていないと教えられて調査したところ、関根が村道だといって案内した本件通路は、村道でも私道でもなんでもなく、訴外山本寅一所有の隣接地上に存する事実上の通り道にすぎず、被告が通行利用の何らの権利を有するものでもないし、右山本は本件通路につき、被告或は原告に対し通行の権利を設定する意思もなく、また、その所有する隣地を売却する意思もないこと、結局本件通路は本件土地の通路として使用できないことが判明したこと、尚本件土地には別紙図面に青線で表示した道(村道)(以下実際の村道という)がついているが、当時この道は荒廃するに任され人が通行した形跡はなく(なお、別紙図面記載の舗装された村道から谷川に到る迄の間の幅一・五メートルの実際の村道は、本件契約解除後に被告が整備したもの)、林野に帰しており、一見したところではどこに道があるのかわからない状況であったこと(右通路が存在することは当事者間に争いがない。しかし乍ら、右通路の位置は被告にも、本訴係属当初は不分明であった)、従って関根は下検分の当時この村道の存在を知らなかったので保坂社長らにもこの村道の存在することは全く説明していないこと、小田の報告により保坂社長が、関根及び被告に対し、本件土地には道がないではないかと詰問した際にも、被告は右村道の存在には全くふれず、売言葉に買言葉で喧嘩別れをし、関根においては通路になるよう付近の田を世話してやるともちかけたのみであったこと、本件土地は、一部県道に面する(この点は当事者間に争いがない)が、その部分は高さ約一〇メートルの断崖をなしていて車馬の通行に適さないし、前記実際の村道は、前記のような状況で、その位置、形状等に照らし、村道と考えられていた本件通路に代り得るものではないし、他に本件土地には本件通路に代り得る通路は存しないこと、原告代表者保坂義信は、本件土地には村道としての本件通路があると信じ、その存在を前提として前記バンガローを建築する目的で本件売買契約を締結したものであるのに、その前提が全く架空に帰し、これでは、厚生施設としてのバンガロー建築は到底不可能であると判断し、被告に対し、本件売買契約を解除する旨の意思表示をしたこと(この点は争いがない)

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

叙上説示認定の事実関係のもとでは、公道(村道)であると説明された本件通路の叙上認定のごとき欠点は、本件売買契約についての本件土地の隠れたる瑕疵にあたるものであるし、この瑕疵のため原告は本件売買契約をなした目的を達すること能わざるに至ったものというべきである。右判断を左右するに足りる事実の主張立証はない。

三  そうすると、本件売買契約は、原告が昭和四七年四月一一日になした前記解除の意思表示により、解除されたことが明らかであるから、被告は、原状回復として、原告から受領した手付金二〇〇万円を返還する義務がある。

ところで、原告は、本件売買契約には、原告が民法第五七〇条により契約を解除したときは、被告は手付金の倍額を償還する旨の特約があると主張し、甲第一号証(土地買契約書)の第三項には「被告において違約の場合は手付金の倍額を原告に支払うものとす」旨の約定の記載があるが、甲第一号証の記載及び弁論の全趣旨によれば右約定により原告が被告に対し手付金の倍額の支払を求めうるのは、本件売買契約が被告の債務不履行によって解除された場合に限られ、本件の如き瑕疵担保責任による解除の場合は右約定の適用されるべき場合にあたらないと解すべきであるし、他に原告の主張する右特約の存在を認めるに足りる証拠はないから、右特約の存在を立論の前提とする原告の請求部分は理由かない。

なお、被告は、本件売買契約は、原告において手付金を放棄して解除したものであり、昭和四七年六月一三日付の内容証明郵便で、原告に対し手付金を没収する旨通告したと主張するが、原告が本件契約を解除したのは、前判示の事由によるものであるから、その余の点について判断するまでもなく被告の右主張は失当である。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、被告らに対し金二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年一月一九日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 後藤静思 裁判官 渡辺雅文 裁判官合楽正之は職務代行を解かれたので署名押印することができない。裁判長裁判官 後藤静思)

〈以下省略〉

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